東レリサーチセンターはこのほど、堀場製作所(京都市南区)の協力の下、現在の光学限界を超えた空間分解能をもつ実用的な走査型近接場ラマン分光装置(SNORM)を開発したと発表した。この装置により、パワー半導体上の局所部の応力歪み解析が、世界で初めて約100㎚の空間分解能で行うことが可能となった。
ラマン分光法とは、レーザー光を試料に絞り込んだ時に発生する散乱光をスペクトルとして検出し、試料の組成や歪み、結晶性などの様々な化学的な情報を抽出する分析手法。非破壊かつ前処理なしで測定が可能なことから幅広い分野で利用されている。特に半導体の分野では、異種材料接合部にかかった応力や結晶の不均一性などの評価で高い有効性が認められている。
現在、ラマン分光法の空間分解能は物理的な光学限界(およそ0.5㎛)が達成されているが、近年の半導体デバイスの微細化に伴い、さらなる高分解能化が求められている。特に、最近、急速な発展が見込まれるSi系や炭化シリコン(SiC)系パワー半導体を中心に、電極・半導体界面やゲート酸化膜と半導体基板界面に発生する応力がパワーデバイスの電気特性に大きな影響を与えることが判明し、㎚オーダーの空間分解能を備える新規応力分析手法の実現が待望されている。
ラマン分光法の光の回折限界を超える方法として知られる「近接場光」は、通常光が通ることのできない微小開口近傍のみに発生する「染み出し光」を指し、ラマン分光法の空間分解能の限界を打破する方法として注目されてきた。東レリサーチセンターはNEDOプロジェクトで近接場光を光源としたラマン分光装置を開発。100㎚を切る空間分解能でのシリコン半導体の応力解析に世界で初めて成功したが、当時は近接場プローブ(小さい針)の安定性や分光光学系の感度などの問題から、実用化には至らなかった。
こうした中、同社は、堀場製作所の協力の下、深紫外355㎚レーザーを使い、測定深さが5㎚以下で安定動作が可能な新規近接場ラマン分光装置の開発に成功。近接場プローブも新規に開発し、NEDOプロジェクトで開発した装置よりも空間分解能やS/N比を向上させ、水平・垂直方向ともに約100㎚の空間分解能が安定して得られることを確認した。
同装置は、従来の顕微ラマン分光装置で測定可能なすべての材料に適用できる可能性があり、次世代パワー半導体以外にも樹脂成型品や炭素材料、セラミックスなどの局所構造解析に有効であると考えられる。また、同社がすでに開発済みのTERS(チップ増強ラマン分光法)顕微鏡では信号強度が弱くて測定困難な高分子や細胞などへの適用も見込める。
同社は今後、近接場プローブの開発でさらなる空間分解能向上を目指すとともに、パワー半導体だけでなく、高分子材料やライフサイエンス分野を中心に同装置の対象材料を拡大し、材料開発のさらなるスピードアップに貢献していく。