【新年特集】三井化学代表取締役社長 淡輪敏氏

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2019年1月8日

事業ポートフォリオの変革を継続、着実な成長軌道を確保

淡輪社長01 ━昨年の事業環境を振り返られてどんな一年でしたか。

 いろいろな意味で変動が大きくなっていった年でした。特に原油価格は1日に4ドルぐらい動いてしまうなど、今までにないような振れ方でした。

 株価の値動きも同様です。世界経済の先行きに対して、不安心理が持ち上がってきているという気がします。

 その反面、世界景気に急激な変動がなかったので、業界へは今のところ直接的な影響は出てきていない。ここに需要減退などが一緒にやってくると非常に大きな動きになるのは間違いありませんが、現時点ではそこまでには至っていない気がしています。

 ━事業には、まだそれほど影響が出ていないと。

 まだ影響はあまり感じませんね。ただ中国の自動車生産・販売数などが少し頭打ちになってきたという状況もあるので、その辺りの影響が今後、素材など下流にまで出てくると見ています。

 ━今年のキーワードは。

 やっぱり「リスク管理」だという気がしますね。いま申し上げたように変動要素があまりにも多すぎるし、どこでどういうものが飛び出してくるのか、欧州のブレグジット問題、中東の不安定さ、米中貿易摩擦を含めて、なにが引き金になるか分からない。現状を考えると、リスク管理は重要課題だと思います。

 ━その意味では、これまで事業ポートフォリオ改革を進められ、変動に強い体制を築かれてきました。

 事業環境の変動に対する体力は、以前よりはついてきたと思いますが、まだ道半ばといったところでしょう。2017年度から、2025年を目指した長期経営計画をスタートさせました。基盤素材は安定的に営業利益300億円を確保していくとうスタンスの中で、モビリティ、ヘルスケア、フード&パッケージングの成長3領域に、新たにその周辺を担う「次世代」事業を加え、このターゲット事業四領域の強化を図っています。

 しかし、2025年が終わりではない。ポートフォリオ改革はやり続けなければいけない。そのための投資も緩めずにやるということです。それが結果にどう結びついてくるかは、まだ計れないところもありますが、それによって着実な成長軌道を確保するということだと思っています。

 ━18年度は、ターゲット領域が73%ぐらいになる予測をされていますが、目指されている86%について、進捗は順調だという見方でよろしいでしょうか。

 順調かどうかは別として、これは相対的なものなので、基盤素材が大きく伸びればその比率は変わるわけです。要はターゲット事業領域の絶対量を着実に伸ばしていくということ。あまりパーセンテージにばかり囚われていると、判断を誤ることもあり得る。あくまでも相対的なものですから、それは必ずしも最終目標ではありません。

 ━成長3領域プラス新事業・次世代事業をいかに伸ばすか。

 それも必要ですが、基盤素材には手を入れなくていいのかというと、それは全然違うと思っています。基盤素材の中でもポートフォリオを変えていかなければいけない。

 基盤素材の中でも、工業薬品事業部が保有しているような製品群は、非常にユニークだし付加価値も高いものがあります。そこは大事に投資を掛けてもいいと思っています。基盤素材だから投資をしないということは全くないわけですし、基盤素材の中でのポートフォリオ変革、という意識も必要だと考えています。

 ━石化の中でも高付加価値品はたくさんある。

 そう思いますね。ずっとそこを目指して、汎用ポリオレフィンを減らし機能製品へとシフトさせてきました。ポリエチレンでも、より機能性をもたせたメタロセンポリマー「エボリュー」などにシフトしていったという流れです。

 ━基盤素材では、タイでのPTA(高純度テレフタル酸)・PET事業の再編を発表されました。

 SCGケミカル社との2つの合弁会社で、それぞれPTAとPET樹脂事業をやってき淡輪社長02ました。以前からタイでの事業展開をどうするかは検討課題で、場合によっては、事業を全部売却する、というぐらいの覚悟で検討を重ねてきました。

 その中で相手がPTTグループとなったとき、同社は原料のパラキシレンやエチレングリコールをもっておられる。また、われわれは岩国大竹工場でPTA・PET樹脂事業を続けている。そこを考えたとき、全部を手放すよりはあるポジションをもっておきたいとの考えから、最終的には、出資比率を下げながらも存在感を残しておくという決断をしました。

 結果的にはこの新しい枠組みで、原料一貫体制による各事業の競争力強化が図れると思っています。

 ━事業領域の中ではヘルスケアの進捗が遅れています。

 ヘルスケアというのは相当難易度が高いというのは認めざる得ないところですね。打つべき手は着実に打っています。ただ、そこで焦って無理なM&Aなどをやっていくと、本末転倒ということになるので、慎重に検討を行っているところです。

 必要な技術や領域を買うためのものなら、多少のリスクがあってもやっていいと思いますが、利益成長が足りないからM&Aで補おう、というような発想は違うということです。社内外に向けてずっと言い続けているのはそういうことです。

 ━オープンイノベーションの一環として、バイオベンチャー・ちとせグループとの協業を始められましたが、その狙いは。

 最大の目的を「事業と人」を同時に育てていくことに置き、新会社2社を立ち上げ、2つの取り組みを始めました。1つはちとせグループの「微生物活躍型栽培技術」、もう1つはわれわれの「植物細胞培養技術」。お互いの技術シーズを持ち寄り、3年間をめどに共同で事業化を目指すわけです。

 もちろん、事業化そのものも大事ですが、それ以上に人材育成の意味合いが強い。特に、ちとせグループがもつスピード感は、われわれとは全然違うものがあります。

 今回の取り組みでは、各新会社の代表者として当社から2名を送りました。ベンチャーにとって3年というのは、むしろ長すぎる期間かもしれませんが、われわれにとっては、そのスピード感に学ぶべきものは多いと思っています。

 そういう場所で一緒に組んでやることによって、送り込んだ人間の意識改革にもつながるし、また、そこで得た意識を、帰ってきてから社内に根付かせるという意味で、人材育成という側面も大きいと考えています。

 ━御社はいい技術や種をたくさんお持ちなので、協業という形で社会実装していけば、収益の積み上げという部分でもかなり貢献してくるのではと思います。

 それよりも技術的な刺激というか、やはり意識改革の要素が大きいと思います。われわれは化学メーカーとして、どうしても化学の技術にこだわりが強い。それはいい部分でもありますが、事業化やスピード感にとって、場合によっては邪魔になることもあります。なによりもまず、われわれ自身の意識改革が必要だと思いますよ。

 ━素材分野でさらに新しいイノベーションが起こる可能性は。

 それは限りなくあるでしょう。特に、ICT分野の新素材に対するニーズはいくらでもあるわけです。当社の素材だけではなくて、いろいろ組み合わせれば、新しい事業を創出できると。そのために今回、ICT分野を横串で括り出しました。

 半導体、ディスプレイ、センシング、電子材料の分野で、モビリティやフード&パッケージングなど5つの事業領域との横串機能を強化しました。当社の中でも横串が通っておらず、お互いの事業がよく分かっていないからです。

 特にICT分野では、既存事業の拡大を図り新事業の探索を行うためにも、横串機能を充実させることが大事だと考えています。

 ━モビリティ関連ではアーク社を買収されましたが、今後どのようなかたちで貢献してきますか。

 アーク社は自動車向けを中心に開発支援サービスを行う会社で、デザイン、開発、設計から試作まで製品開発をトータルでサポートしています。アーク社は欧州に強いパイプをもっていますが、それがどのようなものなのか、ドイツの関連会社P+Z(ピーアンドズィ)社に行って、何をやっているのかを実際に見てきました。

 そこでは、ありとあらゆる分野で解析を行っている。音響などで言えば、大きな防音室を作り、そこにプロトタイプの車を持ち込んで、音や振動の発生が全体の快適性、部品の劣化にどう影響するかを解析している。それから衝突解析なども。現地の担当者に事業分野を訊ねたら、「エンジン以外の部分は全てだと思ってください」との返答がありました。開発の仕方が違うなと思いましたね。

 日本のメーカーは自前主義ですが、欧州は分業で、ある部分は完全に任されているという感じを受けました。今後は、われわれのアプローチの仕方にも変化が出てくると思います。

 ━モビリティへの期待が大きくなってきますが、LIB関連では金属と樹脂を一体化させる「ポリメタック」が採用されました。

淡輪社長03 われわれにとっても嬉しいというか、実質、初めて自動車分野に入り込めたという感があります。

 ポリメタックは金属と樹脂の接着・接合技術ですが、この一体化技術がLIBの水冷部に採用が決まりました。

 従来の溶接に比べて気密性を向上させるので水漏れリスクを減らすとか、部品の製造工程を簡略化・軽量化できるといった利点からです。

 LIBの高出力化や高容量化に伴い、水冷による熱マネジメントが主流になる中で、これから拡大の余地がある分野として期待しています。

 ━設備投資に関して成長3領域では、能力増強を精力的に進められていますが、その戦略はエリアごとの対応になりますか。

 これは事業によって全く違うので、一概にそうとは言えません。例えば自動車材向けのPPコンパウンドであれば、日本をはじめ、米国、中国、インドなど世界8極に製造拠点がありますが、これは各地域の需要を見ながら、拠点ごとで生産能力の増強を行っています。供給不足にならないように着実に、投資を掛けていかなければいけない。むしろ不可避の部分と言えます。

 そういう意味で今、成長を続けるアジア需要の獲得のために、インド拠点での増強を検討していますし、欧州ではやっと販売量があるレベルまできたので、委託ではなく自前の新拠点をもとうということで、オランダに踏み込んだわけです。PPコンパウンドについては今後も、各拠点で対応を強化していくことになるでしょう。

 一方、昨年夏に新設を決めたギアオイルの添加剤「ルーカント」については、いろいろな地域を地産地消のベースで追っていましたが、条件が折り合わず難しいので国内立地に切り替えました。なかなか想定通りにいかないこともあります。

 ━インド市場には、ウレタン材料や不織布などもかなり期待されているようですね。

 インドは非常にポテンシャルが高いと思います。いままで遅々として進まなかった経済発展が、モディ首相になって一気に変わってきました。成長率の面、それから人口増加、中産階級の拡大など、いろんな要素で見てもポテンシャルは非常に高い。もちろん、さまざまな国の企業も注目している。その中で、競争はますます激しくなっていくと思います。

 不織布で言えば昨年、名古屋と四日市で設備を新増設しました。あとは柔軟で強度もある不織布「エアリファ」をどう拡大させるかになります。アジア、インドでの需要が高まれば、ここもフォローしていかなければいけないでしょうね。

 ━フード&パッケージングの農薬事業について、今後の展開は。

 まずは当社でいう新規5原体をマーケットに出すのが最優先事項です。殺虫剤、除草剤、殺菌剤、動物薬といったものになりますが、ここをいかに伸ばしていくかです。

 われわれの原体を高く評価してもらって、BASFやバイエルとの連携で、グローバル展開を図れることになったのも大きな強みですが、引き続き主力製品の開発スピードを上げていく考えです。

 ━最後に、今年度からの3カ年事業計画で、重視されることは。

 短期的な視野よりも、やはり長期的な観点で捉えていかなければいけない。2025年の数値目標があるにしても、それとは別にわれわれは事業ポートフォリオを変えるために、やるべきことを粛々とやっていくということだと思います。だから短期志向ではないと。

 その中でも、2019年のキーワードは何かと問われれば、冒頭に申し上げた「リスク管理」。事業を取り巻く状況から見て、その備えは必須だと感じています。いま必要なのは、長期的なものの味方とリスク管理、その組み合わせだと捉えています。