東大など ナノスケール凹凸ガラスで耐熱・超親水性実現

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2021年4月19日

 東京大学と産業技術総合研究所(産総研)、物質・材料研究機構の共同研究グループはこのほど、ナノメートルスケールの凹凸を施した「ナノすりガラス」を開発した。超親水性を150℃で1日程度維持でき、高温での印刷が必要な有機半導体でも、良質な単結晶薄膜を大面積製造することが可能となった。

 有機半導体は印刷により高品質な結晶性薄膜を得られるが、そのためには半導体インクが均質に漏れ拡がる親水性の基板が必要だ。親水性は水の濡れやすさを指し、親水性が高いと表面に付いた水が薄く拡がって膜状になる。一般的に、親水性表面は親水性化学種・化合物コーティング、UV光照射、プラズマ処理などにより得られるが、汚損により親水性は低下し、継続的な維持は困難だ。

 今回、物質表面のわずかな凹凸と表面の濡れ性の関係に着目し、一般的なガラスの表面を弱酸性の炭酸水素ナトリウム水溶液、80℃で処理し、ナノメートルスケールの凹凸(1㎚程度)を形成。マイクロメートルスケールの凹凸機械加工の「すりガラス」に対し、「ナノすりガラス」と命名した。表面の水接触角は3度以下の超親水性を示し、150℃の高温下で1日程度維持した。

一般的な親水性処理では熱などで表面化学種が劣化するが、ナノすりガラスは表面の凹凸構造による親水性のため、熱による親水性の劣化は少ない。今回、150℃でのインク印刷で、n型有機半導体薄膜を1㎝角以上の大面積(従来法の約50倍)で製造することに成功した。できた半導体膜を転写法でデバイスにし電気的特性を評価したところ、優れた電子輸送性能を示すことが確認できた。

 超親水性ナノすりガラスは低環境負荷なプロセスで製造でき、表面平滑性に優れ、十分な透明性をもつ。低コスト・フレキシブルエレクトロニクス用の基板に利用するほか、親水性表面による高い防汚性を生かした水アカ防止など、様々な分野での利用が期待される。

産総研など 過度のリンによるサンゴ生育阻害を初公表

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2021年3月23日

 産業技術総合研究所(産総研)、北里大学、琉球大学の研究グループはこのほど、砂から溶出した高濃度のリンが稚サンゴの骨格形成を阻害することを初めて明らかにした。

 市街地や農地から過度の栄養塩が海に流れ込むと、サンゴが減少することは知られていたが、科学的メカニズムが明らかになり、サンゴ保全に役立つことが期待される。海水温上昇や海洋酸性化など地球規模のストレスによるサンゴの減少が指摘されているが、沿岸域の土地利用の変化や開発にともなう陸域由来の物質によるサンゴ生育環境の悪化など、地域特有の影響も懸念されている。

 リン酸塩は代表的な栄養塩の1つで、ATPやDNAなどの主要構成生体分子で、生命活動には必須だ。しかし、サンゴ礁の生態系は微量のリン酸供給(表層海水で0.3μM以下)で成立しており、リン酸供給が過剰になると、藻類などの増加、生きたサンゴの被度が減少、白化したサンゴの回復の遅れが生じる。リン酸塩はサンゴ骨格の素材である炭酸カルシウムへの吸着性が高く、また熱帯・亜熱帯の石灰質(炭酸カルシウム)の砂に蓄積していると考えられる。

 今回、ミドリイシサンゴが比較的多く生息する沖縄島北部沿岸部と、市街地や農地に比較的近い南部沿岸域で採取した石灰質の砂と共に、コユビミドリイシの稚サンゴを約40日間飼育し、稚サンゴの骨格形成の様子と飼育海水に溶出したリン酸塩濃度を調べた。北部沿岸部の砂から溶出したリン酸塩は5~8μMで、稚サンゴの底面骨格は海水のみの飼育時に比べ7割程度に減少した。

 一方、南部沿岸域の砂からの溶出量は12~20μMで、底面骨格は3割程度にまで減少し、高濃度リン酸塩添加時と同様の凹凸の激しい骨格表面になった。これにより、石灰質の砂は陸から流れ込んだリン酸塩を吸着し、高濃度で蓄積することが分った。砂に蓄積したリン酸塩を蓄積型栄養塩と定義し、サンゴなどの底生生物に対する影響の本格的調査を始めた。また、沿岸域の蓄積型栄養塩を調べることで、陸域負荷の大きな場所を特定することも可能だ。さらに底生生物の生育に影響を及ぼす可能性のあるその他の陸域由来物質についても、石灰質砂への蓄積の有無の調査を開始した。

産総研 SiCウエハー量産技術の大型共同研究を開始

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2021年3月22日

 産業技術総合研究所(産総研)はこのほど、ウエハーメーカーを含む民間企業17社と公的機関3機関との連携で次世代パワー半導体用炭化ケイ素(SiC)ウエハーの量産技術の確立を目指した大型共同研究を開始したと発表した。SiCインゴットを作るバルク単結晶成長プロセスからウエハー化の加工プロセスに至るまで低コスト化を実現する製造技術の開発を進める。

 パワー半導体素子は、大電力を制御する発電・送電システムや、産業用ロボットなどのFA機器、自動車や鉄道などの輸送機器、コンピューターなどの情報通信機器や家電製品に至るまで、幅広く産業・社会に浸透している。現在シリコン(Si)製パワー半導体が主流だが、SiC製パワー半導体素子はエネルギー損失が少なく、新幹線や電気自動車などへの社会実装も始まっている。しかしSiCは極めて堅く安定な材料であるため、単結晶成長やウエハー加工にかかる時間とコストが課題だ。

 SiC単結晶は2000℃以上の極高温の気相雰囲気で成長させるが、成長速度は1時間当たり500㎛~数㎜と遅く、Si単結晶の100分の1以下だ。またパワー半導体として致命的な結晶欠陥も多く残留し、生産効率の良い欠陥排斥技術も未確立だ。直径6インチクラスの大口径SiCウエハーの需要が世界的に高まる中、より高品質なSiC単結晶を高速に成長させる技術の早期確立を目指す。

 またSiC単結晶をウエハーに加工するには、単結晶の切断から研磨まで多くの工程でダイヤモンド砥粒を消費する。加工時間もSiウエハーの6倍以上かかるため、高速でダイヤモンド砥材の消費の少ないウエハー加工技術の確立を目指す。

 これら技術開発の活動の場として、民活型オープンイノベーション共同研究体「つくばパワーエレクトロニクスコンステレーション(TPEC)」内に材料分科会を新設し、柔軟な産学官連携体制のもとで主に「次世代SiC結晶成長技術開発」や「次世代ウエハー加工技術開発」のプロジェクトを推進している。またSiC結晶成長技術からウエハー加工技術に関わる材料、装置、プロセスの各専門企業が多数連携することで、従来の製造技術の抜本的な技術改革を早期に進められる体制作りを行っており、新規の参入を希望する企業や、研究機関を随時募集している。

 

産総研 大気中の希薄CO2のメタン直接合成触媒を開発

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2021年3月16日

 産業技術総合研究所(産総研)はこのほど、100㏙から数十%の濃度範囲のCO2から分離回収処理無しで直接高濃度メタンを合成する技術をデルフト工科大学と開発したと発表した。

 カーボンニュートラルの実現に向け、発電所や産業分野から排出されるCO2の大幅削減と、排出されたCO2を回収し炭化水素系燃料や炭素含有有用化合物へ転換して有効利用する研究開発が精力的に進められている。さらにネガティブエミッション技術の導入に向け、大気中のCO2を回収する直接空気回収も注目される。

 CO2濃度は産業排出ガス中で数~数十%、大気中で約400㏙と希薄なため、100%近くまで濃縮するための分離回収過程では多くのエネルギーとコストがかかり、高効率化や分離回収不要の革新的プロセスが求められる。今回、CO2吸収とそれをメタンに転換する二元機能触媒を開発したことで、100㏙のCO2からでも最大1000倍以上高濃度のメタンを直接合成することが可能となった。この触媒はCO2回収機能をもつアルカリ金属(ナトリウム、カリウムなど)やアルカリ土類金属(カルシウムなど)と、CO2と水素をメタンに転換する機能をもつニッケルを組み合わせたものだ。

 産業分野からの排出濃度を想定した5~13%と、大気を想定した400㏙、さらに希薄な100㏙のCO2濃度条件で、450℃の固定層反応器で試験を行った。CO2濃度100㏙のガスを反応器に流すとCO2だけが選択的に吸収され、40分後に吸収が飽和し始めるまで反応器出口からのCO2排出はなかった。その後反応器に水素を導入するとメタンが迅速に生成し、最大で体積分率1000倍以上高濃度のメタンに転換した。転化率は90%以上であった。さらに、大気中の酸素による触媒劣化を確認するために酸素を含むCO2ガスでの試験も行ったが、若干の性能低下はあるものの、CO2の回収とメタンへの高効率転換が確認できた。

 今後は、触媒重量当たりのCO2回収量とメタン生成量がさらに高い二元機能触媒の開発を目指すとともに、実用化を目指した高効率な反応プロセスの開発を行う。

産総研と電通大 全可視光領域で発光する酵素基質群開発

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2021年2月24日

 産業技術総合研究所(産総研)と電気通信大学はこのほど、医療・環境診断や生体イメージングに適用する全可視光領域発光の「虹色発光標識のポートフォリオ」を共同開発したと発表した。

 生物発光を使うバイオアッセイや癌のイメージングなどが注目され、特に最近はウイルス検出などの医療診断の関心が高い。しかし、生物発光は発光色が限られ、特に海洋生物由来発光は短波長の青~緑色に偏り、ヘモグロビンによる吸収や発光標識間の干渉で生体イメージングには不向きだ。長波長の黄~赤色発光がなく、マルチカラーイメージングによる効率的なバイオアッセイや医療・環境診断ができなかった。

 産総研は化学物質生理活性の発光可視化の研究で、人工生物発光酵素群「ALuc」や赤色蛍光色素がついた発光基質を開発。電通大はホタルや海洋生物由来の発光システムで発光を長波長化・多色化する基質群を合成してきた。

 今回、両者の技術を組み合わせ、黄色より長波長の発光やマルチカラーイメージングを実現する生物発光システムを開発。海洋生物由来の発光酵素に共通するセレンテラジン骨格と、発光エビ由来の発光酵素「NanoLuc」と反応して高輝度発光するフリマジンを参考に、13種の発光基質を開発した。

 ウミシイタケ発光酵素「RLuc」と「ALuc」に発光するが「NanoLuc」には発光しないもの、「ALuc」のみ、「NanoLuc」のみに発光するもの、「RLuc」に特に強く発光するものがあり、天然のセレンテラジンは「ALuc16」に強く発光した。これらの組み合わせで、青色~近赤外の様々な発光色を生み出せる。

 相互選択性が非常に高い組み合わせもあり、発光信号間の干渉のないバイオアッセイなどへの応用により、例えば7つのバイオマーカーの同時計測による各種診断の迅速・簡便化などが期待できる。さらにウイルスを高感度で検出できるバイオアッセイや、赤色発光による動物個体内の癌転移などを可視化できる可能性もある。

 今後これを利用した医療・環境診断研究に加え、長波長領域でより高輝度で化学的に安定な虹色発光標識ポートフォリオや、動物個体内での生体イメージングを目指す考えだ。

産総研 マイクロ波を偏波ごとに高速高解像度で可視化

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2021年2月15日

 産業技術総合研究所(産総研)はこのほど、マイクロ波を偏波ごとに可視化するマイクロ波偏波分離イメージング技術を開発したと発表した。電磁波の振動方向を表す偏波の特性を利用すると、信号の分離や干渉の抑制が可能になる上、多角的空間情報が加わり探査や解析を深化できる。

 高周波回路やアンテナの製造、高周波デバイスの放射試験、レーダー探査、食品やインフラ設備の非破壊検査などでは、マイクロ波の空間分布を偏波ごとに測定し可視化するニーズがあるが、測定時間や解像度などに課題があった。産総研は原子の二重共鳴現象(2つの電磁波を2段階で吸収)を使い、マイクロ波を蛍光に変換して可視化する技術を開発してきた。

 セシウム(Cs)原子の場合、マイクロ波(9㎓)で電子を上位の基底状態に上げ、その電子だけを特定波長の近赤外レーザー(352㎔)で励起させると、基底状態に戻るときに蛍光(波長852㎚)を放射。それをCCDカメラで撮影すると、マイクロ波の強度分布を画像化できる。Cs原子は静磁場をかけると強さに応じて原子の向きが揃う。向きにより共鳴するマイクロ波の偏波と周波数は異なるため、周波数を精密に制御すると静磁場に平行な偏波だけを吸収し可視化できる。

 今回この原理を実証するために、気体状Cs原子を封入したガラスセルをマイクロ波発生のマイクロストリップライン上に配置し、上から高感度近赤外線カメラで蛍光を観測。周囲の三軸コイルで静磁場の方向と強さを制御し残留磁場や地磁気の影響をキャンセルし、鏡の角度変調でレーザーを広範囲に均一に照射しセル全面の可視化像を得た。定在波を反映した複雑な明暗模様が現れ、偏波ごとの定在波模様の差をよく示した。原子の種類やエネルギー状態、静磁場の強さと方向、レーザー波長などの精密な制御で㎑~㎔帯の広範な周波数に適用できれば、5G/6G対応の様々な電子部品の電磁波分布測定、室内や車内の電磁波散乱測定へ応用できる。

 今後は、静磁場の強度やCs原子のエネルギー準位を適切に選び、他の周波数への応用も目指す。またレーザーの立体的照射により、マイクロ波強度分布の立体的な可視化にも取り組む考えだ。

東京大学など、高次トポロジカル絶縁体で次世代省エネに一歩

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2021年1月26日

 東京大学と東京工業大学の研究グループはこのほど、産業技術総合研究所(産総研)、東京大学大学院、大阪大学大学院らの研究グループと共同で世界初の高次トポロジカル絶縁体の実現を擬一次元積層物質の実験で明らかにしたと発表した。

 高次トポロジカル絶縁体は、近年理論的に存在が予想された新しい量子相だ。結晶内部は絶縁体だが表面の特定の稜線が金属化し、スピンの向きのそろった電子が一次元で安定して流れる(スピン流)。電子の「電荷」と「スピン」の性質のうち、「電荷」を利用するのがエレクトロニクスだが、スピントロニクスは「電荷」と「スピン」の両方を活用する次世代省エネ技術の1つで、高性能ハードディスクなどに応用されている。原子層物質と呼ばれる薄いシート状物質を「積み木」のように積み上げることで、新奇な電気・磁気的性質を生み出せる。

 トポロジカル絶縁体は結晶の表面全体が金属化するのに対し、高次トポロジカル絶縁体は試料の稜線だけが金属的であることが予想されていたが、三次元結晶では未確認だった。今回、トポロジカル原子層を自在に組み換えられる擬一次元ビスマスハライド(ヨウ素、臭素化物)に着目し、積層の取り方によって様々なトポロジカル量子相を実現できる物質設計指針を提案した。また、角度分解光電子分光法による電子状態の直接観測で、Bi4Br4(ビスマス臭化物)が世界初の高次トポロジカル絶縁体であることを実証した。

 Bi4Br4は奇数番目と偶数番目の層が交互に180度反転しながら積み上がり、結晶表面には無数の階段構造が形成し1つ1つに稜線ができる。結晶内電子が感じる対称性が通常と異なるため、結晶の稜線だけが金属となり高次トポロジカル絶縁体状態となることが分った。また、稜線に沿って流れる電流の総量は大きいため検知できた。

 今後、積層の取り方による物質設計指針により、従来のトポロジカル絶縁体とは異なる新奇な性質が見出だされることが期待される。また、接着テープなどで積層物質からトポロジカル性質の薄片を取り出せるため、省電力スピン流デバイスや量子計算デバイスへの応用が期待される。

 

東京大学 大面積有機半導体単結晶で高感度歪みセンサー

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2021年1月18日

 東京大学と産業技術総合研究所(産総研)、パイクリスタル社(ダイセル子会社)の共同研究グループはこのほど、印刷法で製造した大面積・高性能有機半導体単結晶ウエハー表面に非破壊で高選択的に二次元電子系を形成するドーピング手法を開発し、従来の金属製歪みセンサーの10倍程度の感度をもつ歪みセンサー開発に成功したと発表した。

 有機半導体は軽量性、柔軟性、印刷適合性などに優れ、シリコン半導体に代わる安価で大量生産可能な次世代電子材料として期待される。半導体の電子状態の制御には不純物ドーピングが不可欠だが、ユニークな形やサイズの有機半導体分子とドーパント分子が複合化すると単結晶性が乱れ、その高い電子性能は維持できない。

 今回、有機半導体単結晶薄膜をドーパント分子溶液に浸漬するだけで表面がドーパント分子と反応し、有機半導体の単結晶性を維持したまま表面に高密度の二次元電子系を形成させることに成功。有機半導体単結晶デバイスの抵抗を精密に制御でき、抵抗値を7桁以上下げられる。結晶性が保持されているため、単結晶性に特有の巨大歪み応答効果も現れ、外部応力に応じて抵抗値が変わるフレキシブル歪みセンサーが実証された。

 この技術により有機半導体を厚さ7㎛のフレキシブル基板上に印刷し、曲面に貼り付け可能な歪みセンサーを開発した。感度は0.005%程度と従来の金属製歪みセンサーの約10倍。繰り返し使用に耐えることも確認した。さらに、より高性能な有機半導体材料やドーパント材料の開発により、安価で大量生産可能な歪みセンサーデバイス、特にIoT社会に必要なRFIDタグやトリリオンセンサーユニバースへの貢献が期待される。

 パイクリスタル社は高い安定性と性能をもつ有機半導体単結晶の成膜技術を独自開発し、フィルム状でフレキシブルな有機半導体デバイスを開発してきた。今回の歪みセンサーと有機半導体デバイスの事業化に向けた量産体制の確立を進めており、有機半導体デバイスの開発・マーケティング活動を加速し、新たなソリューションを提案していく考えだ。

産総研など 新型コロナ外出自粛による省エネ効果を推定

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2020年12月17日

 産業技術総合研究所(産総研)はこのほど、明星大学、ドコモ・インサイトマーケティングとともに、新型コロナウイルス感染拡大に伴う外出自粛による人口変化が、大阪市のオフィス街と住宅街の気温と電力消費量に及ぼす影響を推定したと発表した。日中人口が約7割減少したオフィス街では電力消費量を40%(床面積1㎡あたり12W)、人工排熱を42%(土地面積1㎡あたり76.3W)押し下げ、その結果気温は0.13℃低下したと推定。一方、人口が微増した住宅街では電力消費量が18%(床面積1㎡あたり1.4W)増加したが、気温は外出自粛前と変わらなかった。

 オフィス街の気温・電力消費量の低下は、昨年開催されたG20大阪サミットの交通・出勤規制による低下量のそれぞれ3倍、10倍で、電力消費低下量は東日本大震災に伴う夏の節電対策効果に匹敵した。なお、この気温低下量は、日本各都市の気温観測値から得た先行研究による統計的推定値と矛盾しない。

 産総研と明星大学は、都市部の人間活動と気象・気候の関係に長年取り組み、世界初の数理モデル「都市気候モデル」を開発。これを気象学の領域気候モデルと統合し、電力消費実測値との比較などを通して「都市気候モデル+人口データ」に大幅改良した。

 人間活動の把握はドコモ・インサイトマーケティングの「モバイル空間統計(500mメッシュ・1時間毎)」で行い、空調使用スケジュールや人体からの排熱量などのパラメータに反映させた。公開・測定されていない都市街区の数百m~数Kmスケールの電力消費量と気温の推定、人間活動が変化した際の電力消費量や気温への影響を評価できる点に意義があり、都市の気候と電力消費量の将来予測、都市計画や都市部の気候変動適応策の評価にも応用できる。

 今回テレワークなどの人間活動の変化により、都市部の省エネとヒートアイランド緩和が実現できることが示唆された。「新たな日常」での都市の気温と電力消費の予測に有用で、気候変動に備えた都市部の適応策の評価・提案への貢献も期待できる。

 今後は首都圏や国内外都市に適用し、外出自粛の影響を広域的に見積り、人間活動と都市の気候の関係を体系化する。また外出自粛が熱中症指数に及ぼす影響も調査し、気温や電力消費量に留まらない総合的な気候変動適応策の提案に繋げる考えだ。

 

産総研と東大 深層学習で未知化合物物性を高速外挿予測

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2020年12月15日

 産業技術総合研究所(産総研)と東京大学はこのほど、量子物理学の密度汎関数理論(分子や結晶などの物性は電子密度のみで計算可能)に基づく深層学習技術を開発したと発表した。化合物の原子配置を電子の確率分布を表す波動関数に変換し、深層学習により電子密度やエネルギーなどの物性値を高速・高精度に外挿予測する。

 材料開発や創薬の分野では化合物のエネルギー、触媒の反応収率、発電材料の効率、薬剤の活性など様々な物性値の計算・予測が必要だが、理論計算・シミュレーションの計算コストは膨大である。深層学習技術により計算量は減るが、ブラックボックス性の計算であり解釈性・信頼性が低い上、学習データ範囲外のデータを推測する外挿予測は精度が低い。

 今回、産総研の最先端の機械学習技術の理論・アルゴリズムの開発と実データへの応用技術と、東京大学の機械学習技術を材料開発に利用するマテリアルズ・インフォマティクスに関する研究を統合。化合物の原子配置をまず原子の波動関数、そして分子の波動関数に変換。これに分子波動関数から得られる電子密度と原子配置から計算できるポテンシャルが一対一対応するような物理制約を課した上で、原子配置と物性値の大規模データベースを学習し、物性値を予測する。量子物理の基本情報を深層学習モデルの内部で表現・経由した上で化合物の物性値を予測するため、深層学習モデルのブラックボックス性がなく、予測結果の解釈性・信頼性が得られ、学習データから外れた未知の化合物の物性も外挿予測できる。

 理論計算予測値と実験値の誤差が1~2kcal/molであるのに対し、誤差2~5kcal/molと実用に耐える精度で外挿予測が可能。また20原子以上の複雑な構造でも、外挿予測誤差は小さいことを確認した。さらに理論計算では1分子に数十分から数時間かかるところを、数分で1万種類の分子予測が可能。これにより、実用に耐える外挿精度と10万倍以上の高速化を実現した。

 今後は材料開発や創薬の実応用に適用し、有用な触媒や薬剤の大規模な探索を行う。また物理学者・化学者と協力して物理学・化学関係の知識をより多く取り入れ、より高精度の予測ができる深層学習技術の開発を目指す。